天動説と記憶について

「地球は宇宙の中心で静止しており、他の天体はすべて地球の周りを回転している」というものが天動説であるが、今から顧みれば全く現実と異なるこの説も、それが通説であった当時の人々は信じて疑わなかった。彼らにとっては確かに地球は不動であり、世界全体の方こそが回転していたのだ。人は想像によっていかようにも宇宙をつくりかえることができる。それは私たちがあくまで、自らが内面につくりだしたの世界のなかで生活をしており、その内面の世界こそが宇宙だからである。夜空に浮かぶ月を仰ぐ際にも私たちは、天球上の月でなく、過去に何百回と見上げたことで構築された、私たちの内部で思い出として運行している月を見上げているのである。
私たちが、目の前に起きているものではなく記憶を見るとき、つまり思い出を反芻するときには、そのヴィジョンは独自の宇宙の影響を受けてる。記憶は往々にして歪められており、昨晩の美しかった月を思い出しても、その月はいつまでも沈まない。私たちの認識の構造事態は、むしろ天動説に近いものがある。